FC2ブログ

からっぽのGIFT-BOX

からっぽの箱の中に たくさんの日々を詰め込んで おばあちゃんになろ~ぅっと! 
TOPスポンサー広告 ≫ 父の形見TOPfamily ≫ 父の形見

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
スポンサー広告 | Comments (-) | Trackbacks (-)

父の形見

亡くなる前日、父は久美ちゃんにごはんを食べさせてもらいながら

ごめんね

と言ったそうです。
多分、入院させられ久美ちゃんを怒鳴り散らし暴言を吐いたこととわれます。

また 亡くなる日の朝 久美ちゃんを見るなり

家に居るみたいだ
トイレも近くてよかった

とも。
どれだけ入院して楽になったと感じていたかはわかりませんが きっと父が想像していたよりずっと楽になっていたんだと思われます。

その言葉に久美ちゃんは救われたようです。
がんばった久美ちゃんに父からのご褒美の言葉だった気がします。


私は12日に仕事のため父を久美ちゃんにお願いし家に戻りました。
そして亡くなる14日のお昼に病院に戻った時にはお風呂に入っていた父。

気持ちいい?
と聞くと

うんうん
と・・・・


ホスピスに入ってからは モルヒネで痛みやだるさから解放されていました。
そのおかげで ここ数ヶ月分を取り戻したかのように穏やかな寝顔の父。


最後の夜は 母 弟 私 久美ちゃんで看取ることになりました。
父のベッドを囲み 寝息から遠のいていく呼吸を 愛おしむように見守る時間が流れ やっと楽になれたことを確認できました。
今思うと とても幸せな時間でした。

腕時計や身の回りの「物」ではなく この時間と 父と久美ちゃんの会話が私には形見です。
大嫌いだった父が亡くなってから思い出すのは辛かったことばかりではないことにほっとしています。 

冷たい娘でしたがこの形見は大事にしていけそうです。

ピクチャ 2



スポンサーサイト
family | Comments (2) | Trackbacks (-)

Comment

むーこさんへ
編集
いつもありがとうございます。

本当そうです。
怒りにまかせ父親の頭を新聞で殴った娘の私です。
最後まで父は悔しかったようです。
私の言い分なんて聞こうともしないし認めようともしなかった父。
それ以外のこともたくさんいやなことはあったのに その事しか今ははっきりと思い出しません。
でも 最後の時間だけが私と父が親子であったことへの歴史のように思えます。
ふとした瞬間に父を思い出すのは あの穏やかで幸せな空間だけです。

2016年04月04日(Mon) 10:23
No title
編集
私が、父が亡くなって以来一番良く思い出すのは、亡くなる直前のことです。
病院での最後の数日、最期の瞬間。
たくさんあるはすの父の思い出なのに、どうしてかその最後の時間をいつも良く思い出します。

辛いことが多かったであろうmusashiさんとお父様だけど、一番最後が幸せな記憶で終われて良かったですね。
本当にお疲れ様でした。
お父様もあちらで楽しくお過ごしになれますように。
2016年04月04日(Mon) 08:45












非公開コメントにする
プロフィール

musashi

Author:musashi
2016.04.09
身内の不幸が続き少しすきま風が吹いている今日この頃。
上手く言えないけれど ちゃんと歩かなきゃ!ちゃんと生きていかなきゃ!
そのために何をしたらいいのか・・・

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

クリックで救える命がある
FC2カウンター
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。